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東京地方裁判所 昭和33年(モ)2005号 判決

東京都大田区

債権者

山岸良三郎

右訴訟代理人弁護士

松本才喜

外二名

同都港区

債務者

鷹野崇十

右訴訟代理人弁護士

小林哲郎

右当事者間の昭和三十三年(モ)第二、〇〇五号不動産仮処分異事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

当裁判所が、昭和三十三年(ヨ)第三一一号不動産仮処分申請事件について、同年一月三十日した仮処分決定は、認可する。

訴訟費用は、債務者の負担とする

理由(事実省略)

(当事者間に争いのない事実)

本件土地建物が、もと、債権者の所有名義であつたこと、債権者が、昭和三十二年五月末頃、東京土地から金百五十万円を借り受け、右債務の支払を担保するため、本件土地建物につき、抵当権を設定し、同年五月二十九日、その旨の登記を経由し、同年六月三日、さらに、同年五月二十八日附停止条件附代物弁済契約を原因として、東京土地のため、所有権移転請求権保全の仮登記が経由されたこと、昭和三十二年七月三日、東京簡易裁判所において、東京土地と債権者及び小暮貞助との間に、債権者主張のとおりの和解が成立したこと、同年十月二十五日、東京土地が百六十七万円の支払を受け、債権者に対する貸金債権を失つたこと(移転により、相対的に消滅したものか、それとも、絶対的に消滅したものかは、暫らく措く。)、昭和三十二年十月二十六日、本件土地建物につき、塚田喜平太のため、同月二十五日附の所有権移転請求権の譲渡を原因として、その旨の附記登記が経由されたこと、塚田喜平太が、前述の和解調書につき、承継執行文を得たうえ、昭和三十二年十二月十日及び十一日、債権者と小暮貞助に対し、本件建物明渡の強制執行をしたこと、さらに、同人が、同月十六日頃、本件建物を取りこわして、本件土地を更地としたうえ、同月十六日、これを上村勝一郎に売り渡し、即日、その旨の登記を経由したこと、さらに、上村勝一郎が、同月十八日本件土地につき、債務者との間に売買予約を締結し、同月二十日、債務者のため、所有権移転請求権保全の仮登記を経由し、さらに、昭和三十三年一月十四日、これを債務者に売り渡し、即日、その旨の本登記を経由したこと及び債務者において、現に本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

一(代物弁済契約の存否)

債権者は、東京土地との間において、借受金百五十万円の債務の支払を怠つた場合には、これを停止条件として、債務の支払に代え、本件土地建物の所有権を東京土地に移転する旨の約定をした事実はないと主張し、甲第二十五号証(債権者の報告書)、及び甲第二十六号証(野口徳衛の報告書)には、それぞれ右主張事実に符合する趣旨の記載があるけれども、右各記載部分は、昭和三十二年七月三日、債権者と東京土地との間において「債権者は、同年五月二十八日、本件土地建物につき、停止条件附代物弁済契約を締結して、金百五十万円を借り受けたことを認め」さらにそのうえ、「代物弁済によつて本件土地建物の所有権が東京土地に移転した場合においては、債権者は、東京土地に対し、本件建物を明け渡す」旨の和解が成立し(右和解の事実は、当事者間に争いがない。)、右和解は債権者自身出頭して、これを成立させた事実(この事実は、成立に争いのない甲第五号証によつて、一応認められる。)に照らし、にわかに措信しがたく、他に債権者の前掲主張を支持すべき明確な反対疏旨はない。

二(債権者自身による弁済の有無)

東京土地が、昭和三十二年十月二十五日、百六十七万円の支払を受け、貸金債権を失つたことは、前述のとおり当事者間に争いがなく、債権者は、右金員は、債権者において、他から借りて、債務の弁済として、支払つたものであり、右弁済によつて、東京土地の債権は、絶対的に消滅したものである旨主張し、債務者は、塚田喜平太において、右金員を支払い、債権の譲渡を受けたものである旨主張する。

(一) しかして、

(い) 債権者本人尋問の結果によりその成立を認めうる甲第二十五号証、証人野口徳衛の証言(第一回)によりその成立を認めうる同第二十六号証、同証言(第二回)によりその成立を認めうる同第三十四号証の一から三、証人野口徳衛の証言(第一、二回)、債権者本人尋問の結果を綜合すれば、東京土地からの借受金百五十万円は、借主名義こそ債権者になつているが、実際には、野口徳衛において吉村一郎等と共同で、埋立事業を実施すべく、その権利獲得運動資金に充てるため、親友の債権者に担保を提供してもらつて、利息月七分の約定で借り受けたものであること、したがつて、債権者と野口徳衛の間においては、野口徳衛が、当然債務を弁済するという了解があつたこと、当初の間は、月七分の割合による利息の支払もできたが、その後次第に滞るようになつたこと、野口徳衛は、昭和三十二年十月二十日頃、東京土地の実際の経営者野村十郎から、東京土地としては、これ以上期限を延長することはできないから、同月二十五日までに遅延利息十七万円、同月二十七日までに元金百五十万円を支払わなければ、他に権利を譲渡するか、和解調書によつて強制執行をするかのいずれかの手段をとると強硬な催促を受けたこと、野口は、他に権利を譲渡されることを拒否し、みずから融資先を求め、日東不動産株式会社の経営者宮下清次郎に依頼することになつたことが、一応認められ、これを左右するに足る証拠はない。

(ろ) 前項掲記の各証拠及び証人亀井徳寧の証言によりその成立を認めうる甲第三十三号証並びに右証人の証言を綜合すれば、野口徳衛は、昭和三十二年十月二十四日、宮下清次郎に対し、前述(い)の事情とくに、債権者になんら直接の関係のない債務のために、本件土地建物をとられてしまうようなことがあれば、同人の立場が、全くなくなつてしまうことを述べ、本件土地建物を担保にして、百七十万円程度融資して欲しいと依頼したこと、宮下清次郎は、翌二十五日本件土地建物を調査したうえ融資するといつて、直ちにこれを承諾したこと、その際、宮下清次郎は、東京土地の野村十郎は、評判も悪いし、冷酷な人物であるから、早く手を切つた方が得策であるとか、自分は貸主にも、また借主にもためになるような方法をとつているといつたりしたこと、野口徳衛は、融資の申込みをする際、たんに、時を稼ぎたいというような意図を表明したような事実はなく、また、東京土地の債権を譲り受けて欲しいと依頼した事実もないこと、さらに、宮下清次郎からも、債権その他一切の権利の移転を受けるのでなければ、融資することができないなどということは、一言ももらされなかつたこと、その後、後出(へ)まで掲記の経過においても、宮下清次郎の口から、そのようなことは、一言もいわれなかつたこと、もし、そのような条件があれば、債権者としては宮下清次郎に依頼することを断念したであろうこと、しかして、東京土地との間において、弁済の具体的な方法につき、さらに立ち入つた交渉に入つたであろうことなどが、推認される。証人宮下清次郎の証言は、これを覆すに足りない。

(は) 前顕甲第二十六号証、証人野口徳衛の証言(第一、二回)によれば、野口徳衛は、昭和三十二年十月二十五日、宮下清次郎の指示により、東京土地の野村十郎に対し、支払の準備のできたことを告げ、支払場所及び支払時刻の打合せをしている事実が、一応認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(に) 前顕甲第二十五、第二十六号証証人野口徳衛の証言(第一、二回)債権者本人尋問の結果を綜合すれば、東京土地の代理人福原政二郎弁護士は、百六十七万円の支払を受けると、債権者に対し、野村十郎は東京土地の代表者でなく、また、東京土地の代表者の印章も手許にないので、関係書類は、後日郵送すると述べたこと、債権者は、同人自身が弁済したものと思つていたので、その中には、債権者宛の領収証も当然含まれるものと推測していたこと、宮下清次郎は、また、債権者及び野口徳衛に対し、これで債権者と東京土地の貸借の解決がすんだことを述べ、安心するようにと伝えたこと、右支払の際、東京土地の側からも、債権を宮下清次郎側に譲渡するような話は、一言もなかつたこと、また右金員授受の席において、東京土地と宮下清次郎の間で、書面を作成したり、取り交したりした事実もないことが、それぞれ、一応認められる。証人宮下清次郎の証言は、右一応の認定を左右するに足りない。

(ほ) 前顕各証拠並びに証人野口徳衛の証言(第一回)を綜合すれば、宮下清次郎は、東京土地に対する支払を終了したのち、債権者及び野口徳衛に対し、右支払に関連して、金百八十万円を用意したことを告げ、右金員の五分に当る九万円を同人の手数料として差引き、諸経費六千三百円と東京土地に対する支払金百六十七万円をそれぞれ控除するといつて、百八十万円のうちから、三万三千七百円を残金として、現実に交付していること、また、宮下清次郎は、右金百八十万円に、月七分の割合により一カ月の利息を加算し、額面を百九十二万六千円とする約束手形一通を、塚田喜平太にあてて振り出し交付すべきことを要求したので、債権者はこれに応じ、そのとおりの約束手形を振り出し交付したことが、それぞれ一応認められる。証人宮下清次郎の証言は、右一応の認定を左右するに足りない

(へ) 証人野口徳衛の証言(第二回)により、その成立を認めうる甲第三十五号証から第三十八号証及び右証人の証言(第二回)を綜合すれば、東京土地は、昭和三十二年十月二十六日、野口徳衛に対し、同人が利息支払のために振り出した合計金十七万円の約束手形二通を、抹消のうえ、送付したことが、一応認められ、右一応の認定に反する証拠はない。

以上一応の認定にかかる(い)から(へ)までの事実を綜合すれば、東京土地に支払われた金員は、債権者において、宮下清次郎を通じ塚田喜平太から借り受けたものであり、債権者みずからが、債権の弁済として、支払つたものであることが、一応、認定される。

(二) 乙第一、第二号証、同第十二号証を綜合すれば、東京土地は、債権者に対して有する貸金債権及びこれに附随する権利一切を、昭和三十二年十月二十五日、塚田喜平太に対して譲渡したことが、一見、明白であるかのごとくである。

しかしながら、右乙号各証は、証人野口徳衛の証言(第一、二回)、債権者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、前述(一)の(ほ)の後において作成されたものと一応認められるので(証人宮下清次郎の証言は、右一応の認定を左右するに足りない。)、右乙号各証は、いまだ、前記(一)の末段に示した一応の認定を左右するに足りない。

(三) 乙第三号証から第五号証、第七号証のうち、債権者の署名押印部分の成立は、いずれも当事者間に争いがなく、証人宮下清次郎の証言によれば、さらに乙第四、第五号証のうちの金額の記載も、債権者自身の筆蹟であることが、一応明らかである。

しかしながら、債権者等は、東京土地に、本件土地建物の所有権を、代物弁済として取得されたり、また本件建物の明渡を強制されたり、また、本件建物の明渡を強制されたりすることをおそれて、宮下清次郎に融資を依頼したものであることは、前に(一)の(ろ)において、すでに説示したとおりであり、前顕甲第二十五、第二十六号証、第三十四号証の一から三、証人野口徳衛の証言(第一、二回)、債権者本人尋問の結果を綜合すれば、もしも、乙第四、第五号証に記載されたことが、融資の条件であるとすれば、宮下清次郎に依頼して融資を受けることは、とうていしなかつたであろうこと、乙第三号証から第五号証は、当時、債権者において、宮下清次郎を全幅的に信頼していたため、同人に依頼した趣旨のとおりのものであると堅く信じ、内容を検討することなく、同人の指示するままに記載し、また同人に債権者の印章を渡して、押捺させたものであることが、一応認められるから(これら一連の行為が、年令にも分別にも不足のない筈の債権者及び野口として、いかに軽卒、浅慮極るものであつたかは、今日彼等がその中に苦悩することを余儀なくされている困難な情況が明示するとろであるが、当時、窮状にあり、また、宮下をその言動から、彼等の「救いの神」と感謝信服していた債権者等は、ひたすら宮下に依存し、あえてこれら不用意の行為に出たもののようであり、証人宮下清次郎の証言は、右一応の認定を左右するに足りない。)右乙号各証は、いずれも、一応、債権者の意思に基かずして作成されたものであるというべく、これをもつて、前掲一応の認定を覆す資料とすることはできない。

また、乙第七号証は、債権者が、本件建物につき、明渡の強制執行を受け、金銭的にも窮迫な状態におちいつていた際、作成したものであることが、債権者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によつて、一応認められるから、右乙号証によつても、債権者が、本件土地建物の代物弁済を事後承認したものとみることは、とうていできない。

(四) 他に前記(一)の一応の認定を左右するに足りる証拠はない。

以上詳述したとおり、東京土地に対する債務は、一応債権者自身の弁済によつて消滅したものと認められるのであるから、本件土地建物につき締結された停止条件附代物弁済契約もまた、当然にその効力を失い、本件土地建物の所有権が、代物弁済によつて債権者から塚田喜平太に移転するいわれがなく、したがつてまた、本件土地の所有権が売買によつて塚田喜平太から上村勝一郎に、さらにまた債権者に、それぞれ移転するいわれもなく、債権者は、依然として、実質上、本件土地の所有権を有するものといわなければならない。

したがつて、債権者において、債務者に対し、所有権に基ずき、本件土地所有権の取得登記の抹消登記手続と本件土地の明渡を求める権利を有することは、一応明白であるということができる。

三(保全の必要性)

債権者本人尋問の結果及び前記本件土地の所有名義が転々として異動した経過並びに本件口頭弁論の全趣旨に徴すれば、債務者において、本件土地を他に処分したり、または、その占有を他に移転したりするおそれのあることは、疏明十分ということができる。したがつて、本件各仮処分の必要性のあることも、また一応明白である。

(むすび)

以上説示したとおり、本件において疏明された事実関係のもとにおいては、債務者に対し本件土地の処分禁止と占有移転禁止の仮処分を求める債権者の本件申請は理由があるものということができるから、これを認容してした本件仮処分決定は、正当である。よつて、これを認可することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第九部

裁判長裁判官 三宅正雄

裁判官 柳沢千昭

裁判官片桐英才は、転任につき、署名押印することができない。

裁判長裁判官 三宅正雄

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